2004.02.27

カルテは誰のもの

先日、子宮がん検診のため、娘を出産した大病院へ行きました。この病院へ行くのは2年半ぶりで、そのため診察券はあったのですが、初診扱いとなり、再度問診票の記入をする事になりました。

問診票に記入しながら思ったのは、以前この病院で書いたものがあるはずなのにそれは廃棄されてしまったのかという疑問です。

そこで、結果を一週間後に聞きに行った時、思い切って総合案内で聞いてみました。すると、以前のカルテは医師が必要と考えれば取り出すことができるようになっているという返事でした。確かにカルテ番号は同じでした。

しかし、その総合案内の係員からの返事には納得がいきませんでした。以前のカルテを取り出すことができるのなら、再度の問診票も必要ありませんし、20年以上前の長男の出産のことなど、新たに聞かれる必要はないはずです。

私がその病院へ行ったのは、過去のカルテが残っていて、例え医師が交代していてもカルテを見ながら診察してもらえると思ったからなのです。過去の状態が分っている上での診断とそうでないものとでは診断結果は違うと考えるからです。

初診料を払うのは当たり前だと思いますが、カルテだけは続けて欲しいと思うのです。

カルテは誰のものなのでしょう?個人情報の一番大事なものがカルテの中身だと思うのですが。母子手帳のような手帳を交付して患者個人にカルテの中身を開示するシステムが早くできないかなと強く思いました。

(2004/02/27)

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Brand

Brandとは日本語にすれば銘柄とか商標のことですが、品物それ自体の価値でなく商標が独り歩きしている現状が私には不思議です。

品物が良くて、それがたまたまブランド品だというのは分かるのですが、ブランドなら何でも良くて、ブランド名がしっかり他人に分かる物ほど良いという感覚が理解できないのです。

私もブランド品を持っていないわけではないのです。自分がイメージして欲しいもの、例えば形や色がイメージに合っていて買ったものはあります。つまり、最初に自分のイメージがあり、それに合ったものがたまたまブランドということは理解できるのです。

有名ブランドでなくても良い品質のものを作っている人や会社はたくさんあります。たまたまマスコミなどで取り上げられて有名になっているだけで何もかもが素晴らしいと思うのはちょっと私には理解不能です。

もっと自分自身の見る目を鍛えて、自分の判断する力を養い、その結果、自分こそがブランドだと自負することが大事だと思っています。

(2004/01/14)

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Volunteer

15年ほど前より地域のボランティアグループに参加しています。5年ほど前からはグループを取りまとめる立場にもなっています。

「ボランティアとは自主的に社会事業などに参加し、無償の奉仕活動をする人」と小学館の大辞泉には書かれています。

15年前はまだボランティアという言葉もあまり一般的ではなく、私自身も何がなんだかわからないまま友人に誘われ、その友人と他の友人と一緒に会合に出席し、名簿に記入して活動が始まりました。

我がグループは地域に住む独り暮しの高齢者や高齢夫妻へ昼食を作って配達したり、対象となる方々をお呼びして昼食会を開いたりすることが主な活動で、それ以外にも施設へ行っておむつたたみをしたりいろいろな活動を行っています。

活動、それ自体は「人の役に立っている」ということが実感でき、利用者から何かの折に感謝の気持ちを聞いたりすると「やっていて良かった」と思えます。

ところがグループの代表として幾つかの会議に出席しなくてはいけないのですが、そんな時他のグループの代表との考え方の違いに愕然とするのです。

何年か前より有償ボランティアという制度が始まっており、その上NPO法人になって活動をしているボランティアグループも増えています。このことがボランティアに対しての考え方により大きな混乱をもたらしているのではないかと思うのです。

私は「自分ができることで人の手助けになることをすることがボランティア活動」であり、「できる時にできる事をする人がボランティア」だと思っています。もちろん報酬は受け取らず、費用を受け取るとしても、精々実費(交通費など)ぐらいだと考えています。

でも、会議に参加している人のほとんどにはこの考えは理解して貰っていません、残念ながら。

ボランティアコーディネーターという職業がありますが、それはボランティアを必要としている人や施設とボランティアとの間に立って、できる事やできる人の調整をする人です。そのような職業があることが示すように手助けを必要とする人のすべてを受け入れることはボランティアにも限りがあるから無理だと思うのです。

ところが、このような意見は「ボランティアの考え方ではない!いいとこ取りだ、自分勝手だ!!」と決め付けられています。

お金を出せば、かなりいろいろなサービスが受けられるのが今の世の中です。その中で、「金銭」でなく「ふれあい」を求めて行われるのがボランティア活動ではないかと思い実行しているのですが。この思いはなかなか会議でご一緒の方々の耳には届いてくれません。

(2003/12/20)

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街の灯

冬は街の灯がとてもきれいに見える季節です。

街灯はその名の通り街なかの道を照らすものですが、その維持管理について気にしている人は少ないのではないでしょうか。税金で賄われていると思っている人がほとんどではないかと思います。

ところが我が町(日本一人口が多い市の一角にあります)の街灯は防犯灯という名のもと電気代も含め、維持管理は自治会の会費で賄われているのです。

ご存知の通り自治会というのは入会、退会が自由な任意団体です。ですから、その町に住んでいる人すべてが加入しているとは限らないのです。

任意団体の構成員の会費で賄われている街の灯。なにか矛盾を感じます。

我が町の予算でいうと防犯灯の維持管理および電気代は全自治会費の40%を占めています。

全国の街灯がすべてそのような状態なのかは分かりません。

税金でなく自治会費で賄われている防犯灯という名の街灯。その灯が街の安心や安全を作り出しているということをもっと大勢の人に知ってほしいと思います。

(2003/12/18)

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Social Work

私は10年ほど前から自治会の活動に関わっています。自治会といってもマンションなどの管理組合の延長のようなものでなく、一戸建て住宅がほとんどを占める1千戸以上の住宅地域が対象の自治会です。

自治会活動は自分から進んで始めたものではなく、自治会役員からの要請を断り切れずに始めたものです。

自治会活動を始めてから分かったことは一般に行政がやっていると思っていたことのほとんどは自治会の関係者が活動していなければ成り立たないということです。

つまり、自治会は行政の末端に組み込まれてしまっているにも拘らず、ほとんど無報酬で自治会関係者は活動しているということです。

自治会なんて物好きな人間が好きでやっているぐらいにしか思っていない人が世の中の大半ではないかと思うのですが、この際認識を是非改めて頂きたいと思うのです。

ソーシャルワークという言葉は日本語では社会事業などと訳されていますが、もっと身近な言葉として自治会活動も含まれるということを言いたいのです。

権利ばかり主張して、それに伴う義務には見て見ぬ振りをする人があまりに多い世の中に私は憤り(いきどおり)を覚えます。

何か文句を言う前に自分は何ができるかを考えて実行するということが大事ではないでしょうか?自分の行動を少しだけ変えることで周りの環境を変えることができるということに、もっと多くの人が気づいてくれて実行してくれるなら、現状はよい方向に進むと思うのです。

Ask not what your country can do for you--ask what you can do for your country. これはケネディ大統領が就任演説で言った言葉ですが、それをそのまま自治会や地域活動をやっていない人に対して言いたいです。


Ask not what your community can do for you--ask what you can do for your community !

あなたの地域があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが地域のために何ができるのかを問おうではないか!!

(2003/12/04)

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我慢の敵

子供って好奇心の塊だから、その中から出た芽を伸ばしてあげれば、その子なりの個性で成長していくと思い、右往左往しながらも子育てをしてきました。

そんな中で一番に思ったことは子供には我慢をさせることが大事だということです。なんでも子供の言うがままにしていることは子供を可愛がることでもなんでもなく、子供をダメにすることだと本当に感じます。

特に物欲に対しては毅然とした態度で我慢をさせることが大事です。

「みんな」が持っているから、「みんな」が見ているから、「みんな」が行くから。。。子供はすぐに「みんな」という言葉を使いますが、詳しく聞いてみれば一人か二人、多くても五人ぐらいです。

「みんな」という言葉はそんな時「我慢の敵」ですが、敢然と立ち向かうことが子育ての要だと思います。

(2003/11/22)

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